先天性心疾患の治療では、外科手術だけでなく、カテーテル治療や血管内治療が重要な役割を担っています。身体への負担を抑えながら治療できる方法も増え、世界的には標準的な治療として行われているものも少なくありません。
一方で、その治療を支える医療機器、とくに小児や先天性心疾患に対応した医療機器は、日本国内で十分に整備されているとは言えない現状があります。
必要な医療機器が国内に存在しない、あるいは使用できなくなることで、本来ならカテーテル治療で対応できる患者さんに治療を届けられない。こうした問題は「デバイスラグ」や「デバイスロス」と呼ばれ、小児循環器医療における大きな課題となっています。
今回は、昭和医科大学病院 小児循環器・成人先天性心疾患センターで教授・小児循環器内科 診療科長を務める藤井隆成先生に、小児医療機器開発の現状、AMED藤井班の研究目的、そして今後求められる取り組みについて伺いました。
Q1. 小児の医療機器開発にはどのような問題があるのでしょうか?
小児や先天性心疾患の領域では、成人の循環器領域とは異なり、治療に必要な専用の医療機器が十分に整備されていません。
そのため、海外では標準的に行われているカテーテル治療であっても、日本国内では必要な医療機器が存在せず、患者さんへ提供できないケースがあります。
こうした状況は「デバイスラグ」や「デバイスロス」と呼ばれています。
デバイスラグとは、海外ではすでに使用されている医療機器が、日本では承認されておらず使えない状態です。一方、デバイスロスとは、国内で使用できる医療機器そのものがなくなってしまうことを指します。
私たちが専門とする小児カテーテル治療や血管内治療では、この問題が特に起こりやすく、治療技術があっても、それを支える医療機器がなければ患者さんを救うことができません。
医療機器は治療を支える重要な「道具」であり、その不足は患者さんの治療機会そのものに直結する大きな問題なのです。
Q2. この研究の目的は何でしょうか?
今回の研究は、AMED(日本医療研究開発機構)の研究費を受けて行っています。
AMEDは、医療分野の研究開発を支援する国の機関であり、新しい医療技術や医療機器の開発を推進する役割を担っています。
私たちの研究の目的は、小児、特に先天性心疾患のカテーテル治療に必要な医療機器が、適切に開発され、安定して患者さんへ届けられる環境を整備することです。
この問題は医療者だけで解決できるものではありません。
医療機器メーカー、行政、規制当局、そして医療現場、それぞれが異なる課題を抱えています。
そのため、産業界・行政・大学・医療機関が一体となり、課題を共有しながら改善策を検討していくことが、この研究の大きな目的となっています。
Q3. どうして小児医療機器開発は日本で進まないのでしょうか?
理由は一つではなく、さまざまな要因が重なっています。
まず、先天性心疾患は希少疾患であり、成人の循環器疾患と比べると患者数が少ないという特徴があります。
さらに、小児医療では新生児から乳児、小児、成人先天性心疾患の患者さんまで対象年齢が非常に幅広く、体格も病気の種類も多様です。
つまり、一つの医療機器だけですべての患者さんに対応することが難しく、開発そのものが技術的に非常に難しい分野なのです。
また、安全性を確認するための承認制度も複雑であり、多くの時間と費用が必要になります。
企業の立場から見ると、多額の研究開発費をかけても対象となる患者さんが少ないため、市場規模は決して大きくありません。
その結果、十分な収益が見込めず、新たな医療機器開発への参入が難しくなってしまいます。
このように、患者数、市場規模、技術的な難しさ、承認制度など、複数の要因が複雑に絡み合っていることが、小児医療機器開発が進みにくい大きな理由です。
Q4. 「適応外使用」とは何でしょうか?その問題点も教えてください。
適応外使用とは、本来承認されている用途とは異なる目的で医療機器を使用することです。
例えば、小児のカテーテル治療では血管を広げるためのステントを使用しますが、先天性心疾患専用として承認されたステントはほとんど存在しません。
そのため、本来は成人の冠動脈や足の血管などに使用することを目的に承認された医療機器を、小児の大動脈や肺動脈などの治療に応用しています。
これは日本だけでなく海外でも一般的に行われており、診療ガイドラインにも記載されている標準的な治療方法の一つです。
しかし、大きな問題があります。
それらの医療機器は、あくまで成人疾患を対象に製造・販売されているため、本来の用途で使用されなくなった場合には製造中止になる可能性があります。
そうなると、小児の患者さんに代わりとなる医療機器が存在せず、治療そのものができなくなってしまう恐れがあります。
適応外使用は現場では必要不可欠な方法ですが、専用医療機器がないことによる不安定な医療体制でもあるのです。
Q5. 現在、喫緊の課題にはどのようなものがあるのでしょうか?
現在、特に深刻なのは「デバイスロス」の問題です。
実際に、大動脈や肺動脈などの治療で使用していたステントが数年前に製造販売中止となりました。
そのステントも小児専用ではなく、適応外使用として使用していたものでしたが、それでも多くの患者さんの治療を支えていました。
現在では、その代わりとなる医療機器が国内には存在しないため、本来であればカテーテル治療が可能な患者さんであっても、治療手段が失われてしまっています。
カテーテル治療は外科手術に比べて患者さんの身体への負担が少なく、安全性や有効性も世界的に認められています。
それにもかかわらず、必要な医療機器がないために、その治療を提供できないという状況は、医療者として非常にもどかしく感じています。
Q6. この研究を通して得られたことは何でしょうか?
この研究を通じて改めて感じたのは、小児医療機器の問題は、どこか一つだけが努力しても解決できないということです。
医療現場には医療現場の課題があり、企業には企業の事情があります。
行政や規制当局にも、それぞれ担うべき役割があります。
例えば、承認制度だけを改善しても、企業が開発に参入できなければ意味がありません。
一方で、企業が新しい医療機器を開発しても、承認制度や保険制度が整っていなければ患者さんへ届けることはできません。
そのため、産・官・学が一体となり、それぞれの立場から課題を共有し、何が必要なのかを議論することの重要性を改めて認識しました。
一つの施策だけですべてが解決する問題ではないからこそ、できることを一つひとつ積み重ねていくことが重要だと考えています。
Q7. 今後の課題は何でしょうか?
今後は、医療機器の研究開発だけではなく、承認制度、保険償還制度、製造販売体制まで含めた一体的な環境整備が必要です。
医療機器が研究開発され、承認され、企業が継続して供給し、患者さんへ届けられるまでの流れ全体を見据えた対策を考えなければなりません。
そのためには、産・官・学が連携し続けることが不可欠です。
さらに、法的な支援や政策提言なども含め、小児医療機器開発を後押しする社会全体の仕組みづくりも求められます。
先天性心疾患の治療において、カテーテル治療は患者さんの負担を軽減し、生活の質を高める非常に重要な治療法です。
世界では標準となっている治療を、日本の患者さんにも確実に届けられる環境を整えることが私たちの使命です。
非常に難しい課題ではありますが、今後も産・官・学が協力しながら、小児医療機器開発の環境整備と政策提言を進め、必要な患者さんへ必要な医療機器が届く未来を実現していきたいと考えています。
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