小児の完全大血管転位について
―お子さまの「心臓の血管のつなぎ間違い」のお話―
1. 完全大血管転位とは?
完全大血管転位は、赤ちゃんや小児に見られる「先天性心疾患(生まれつきの心臓の病気)」のひとつです。心臓から出ていく二本の大きな血管――大動脈と肺動脈――が本来と“逆”につながってしまう病気です。
● 普通の心臓のしくみ
- 肺動脈:右心室から肺へ血液を送り出し、酸素を受け取る
- 大動脈:左心室から全身に酸素たっぷりの血液を送り出す
このようにして「肺→心臓→全身」と血液が一方通行にめぐります。
● 完全大血管転位の心臓
完全大血管転位では、
- 右心室から大動脈が出てしまい、酸素の少ない血液がそのまま全身へ
- 左心室から肺動脈が出てしまい、酸素たっぷりの血液が肺に戻される
という「2つの血液の流れが並行して、混ざらない」状態になります。
このため、体の中に十分な酸素が行きわたらず、早期に治療が必要になります。
2. なぜ起こるの?
完全大血管転位は、お母さんのお腹の中で赤ちゃんの心臓が作られる過程で、血管が正しい位置につながらなかったために起こります。多くの場合、原因ははっきりわかっていません。遺伝や妊娠中の環境など、さまざまな要素が関与すると考えられていますが、ご両親が原因だと自分を責める必要はありません。
3. どんな症状が現れるの?
□ 生まれてすぐに症状が出ることが多い
- チアノーゼ(皮膚や唇が青紫になる)
酸素の少ない血液が全身に流れるため、出生直後から唇や手足、顔色が青紫になることが多いです。 - 呼吸が速い・苦しそう
酸素が足りず、呼吸数が増えたり苦しそうな様子を見せることがあります。 - ミルクの飲みが悪い・体重が増えない
酸素不足で赤ちゃんが疲れやすくなり、授乳量が減ったり体重がなかなか増えないことも。
□ 症状の強さには個人差がある
- 心房中隔欠損症(ASD)、心室中隔欠損症(VSD)、動脈管開存症(PDA)など“心臓内の穴”を合併していると、酸素の多い血液と少ない血液がある程度混ざるため、チアノーゼが軽くなり発見が遅れることもあります。
4. どうやって診断されるの?
ほとんどの場合、生まれて間もなくチアノーゼが見つかり、医師が診察や健診で気づきます。
主な検査
- 心臓超音波検査(心エコー)
赤ちゃんの胸にゼリーを塗り、心臓や血管のつながり、穴の有無、血液の流れを詳しく調べます。 - 胸部レントゲン
心臓の大きさや肺の状態を確認します。 - 心電図
心臓の電気の流れやリズムに異常がないかを調べます。 - 血液検査(酸素飽和度測定)
血液中の酸素の量を調べ、酸素不足の程度を評価します。 - 心臓カテーテル検査
血管から細い管を心臓まで入れて血液の流れや圧力を測定することもあります。手術計画のために必要です。
5. 緊急対応と初期治療
□ まず「酸素を体に行き渡らせる」ことが最優先
- プロスタグランジン(薬)の投与
動脈管(本来は閉じるトンネル)を薬で開いたままにし、酸素の多い血液が体に混ざるようにします。 - バルーン心房中隔裂開術
心臓内の壁に小さな穴を開けて、血液が左右で混ざる通路を人工的に作ります。
これらの「一時的な対応」により、体の各臓器に少しでも多く酸素を届けることができますが、根本的な解決には手術が必要です。
6. 治療法 ― Jatene手術(大血管転換術)
□ 根治的な治療=「Jatene手術」
現在、完全大血管転位の最も一般的な治療法は「Jatene(ジャテン)手術」と呼ばれる方法です。
【Jatene手術の流れ】
- 心臓から出ている2本の血管(大動脈と肺動脈)を正しい位置に入れ替える
- 冠動脈(心臓の筋肉に栄養を送る大切な血管)も一緒に移植し直す
- 心房や心室の穴があれば同時にふさぐ
この手術は生後できるだけ早い時期(通常は生後2~3週間以内)に行われます。赤ちゃんの体が小さくても、今は高い成功率で手術が行われています。
□ 手術までの経過管理
- 手術までの間は、NICU(新生児集中治療室)で厳重に管理され、血液の混ざり具合や酸素の量、体重の増え方を見守ります。
- 状態が悪化しないよう、薬や人工呼吸器、点滴などでサポートします。
7. 手術後の経過と予後
□ 術後の流れ
- 手術後は再びNICUで集中的な管理を行います。
- 数日~数週間でミルクや母乳が飲めるようになり、体重も増えていきます。
- 退院後は外来で定期的に心臓の検査や発達チェックを受けます。
□ 長期的な経過
- 多くのお子さんは手術後、普通の生活や成長が可能になります。
- 手術後は冠動脈や大動脈の通りが悪くなったり、不整脈、弁の異常など合併症の可能性もありますので、生涯にわたって定期的な心臓専門医によるフォローが大切です。
- 運動や学校生活についても、ほとんどのお子さんは主治医と相談しながら通常通りに参加できます。
8. Jatene手術以外の治療選択肢
- 以前は「心房スイッチ手術(Senning手術、Mustard手術)」が行われていましたが、現在はJatene手術が標準治療です。
- 状況により、心房・心室中隔の穴を閉じる追加手術や、合併する他の心疾患への治療が必要になることもあります。
9. 長期的な注意点と合併症
- 冠動脈の狭窄や閉塞
心臓の筋肉に栄養が届かなくなると、突然の症状が現れることがあります。 - 大動脈や肺動脈のつなぎ目の狭窄
成長に伴い再手術やカテーテル治療が必要になることもあります。 - 不整脈
心臓のリズム異常がみられることもあり、定期的な検査が大切です。 - 心機能の低下
心臓の働きに注意しながら成長を見守ります。
※定期的な心臓エコーや心電図、専門医の診察を継続しましょう。
10. 日常生活と育児のポイント
- 食事や運動、学校生活
特別な制限は少なく、多くの子どもが普通の生活を送れます。 - 感染予防
風邪やインフルエンザ、感染性心内膜炎の予防のため、手洗いやうがい、歯みがきをしっかり行いましょう。 - 体調の変化に注意
息切れ、動悸、顔色の悪さ、疲れやすさが続く場合は早めに主治医に相談しましょう。 - 予防接種や学校健診
主治医の許可やアドバイスを受けながら、通常通り進めていきます。
11. ご家族へのメッセージ
お子さんが「完全大血管転位」と診断されると、初めて耳にする病名や説明に、不安や戸惑いを感じるのは当然です。しかし、今では高度な医療技術によって多くの赤ちゃんが手術を乗り越え、元気に成長しています。
大切なのは、焦らず主治医や医療スタッフとしっかり話し合い、お子さんにとって最善の治療とサポートを受けることです。どんな疑問や不安も、遠慮せずに相談してください。
ご家族が安心してお子さんと向き合えるよう、医療チームが全力でサポートします。お子さんの笑顔と成長を、一緒に見守っていきましょう。