小児の総動脈幹症について
―お子さまの「心臓から出る大きな血管が一つしかない病気」をやさしく解説します―
1. 総動脈幹症とは
総動脈幹症(そうどうみゃくかんしょう、Truncus Arteriosus)は、赤ちゃんが生まれつき持っている「先天性心疾患(生まれつきの心臓の病気)」のひとつです。この病気では、心臓から出ていく大きな血管が1本しかないという、普通とは違う心臓の構造になっています。
【正常な心臓の場合】
- 心臓からは「大動脈」と「肺動脈」という2本の太い血管が別々に出ている
- 大動脈:全身へ酸素の多い血液を送る
- 肺動脈:肺へ酸素の少ない血液を送る
【総動脈幹症の場合】
- 大動脈と肺動脈が分かれておらず、1本の「総動脈幹」として心臓から出ている
- この1本から全身と肺に両方の血液が流れてしまう
2. なぜ起こるの?
総動脈幹症は、お母さんのお腹の中で赤ちゃんが成長する過程で、心臓や大きな血管が分かれてできるはずのところで、分かれずに1本のまま残ってしまったことで起こります。
この原因ははっきり分かっていませんが、多くは偶然に起こるもので、ご家族やご両親のせいではありません。ごくまれに、22番染色体の一部が欠ける「22q11.2欠失症候群」など、遺伝的な背景が関わることもあります。
3. 総動脈幹症があるとどうなるの?
総動脈幹症では、心臓から出た血液が「総動脈幹」という1本の血管を通って、全身にも肺にも流れてしまいます。
□ 血液の流れの異常
- 心室中隔欠損(VSD:心臓の左右の部屋の壁に穴)が必ずあり、左右の血液が混ざる
- 酸素の多い血液と少ない血液が混じってしまう
- 肺へも全身へも、同じように血液が流れる
□ 症状
- チアノーゼ(皮膚や唇が青紫になる)
- 酸素の多い血液と少ない血液が混ざるため、体に送られる酸素が不足する
- 呼吸が速い・苦しい
- 肺への血液が増えすぎて、肺に負担がかかる
- ミルクの飲みが悪い・体重が増えない
- 酸素が足りず疲れやすくなる
- 発育の遅れ
- 栄養や酸素不足のために、成長が遅れることがある
- 心不全
- 肺への血流が多すぎて、心臓がどんどん疲れてしまう
これらの症状は生まれてすぐ、あるいは生後数日~数週間で現れます。
4. 総動脈幹症のタイプ(分類)
総動脈幹症は、「総動脈幹」から肺に向かう血管(肺動脈)がどこから枝分かれしているかによって、いくつかのタイプに分かれます。
【主な分類】
- タイプI(I型)
- 総動脈幹から1本の短い幹が出て、そこから左右の肺動脈に分かれる
- タイプII(II型)・タイプIII(III型)
- 総動脈幹から左右の肺動脈が別々に直接出ている
- タイプIV(IV型、今はこの名称はあまり使われない)
- 肺動脈が完全に欠損し、大動脈から分かれる(今は他の病気と区別される)
これらの違いによって、手術方法や治療方針が変わることがあります。
5. どのように診断されるの?
多くの場合、生まれてすぐにチアノーゼや呼吸の異常、心雑音などが見つかり、心臓病を疑われます。
主な検査
- 心臓超音波検査(心エコー)
- 心臓の構造や血液の流れ、血管のつながり方などを詳しく調べます
- 胸部レントゲン
- 心臓や肺の大きさ・状態を見る
- 心電図
- 心臓のリズムや負担のかかり方を見る
- 心臓カテーテル検査、CT/MRI検査
- より詳しい心臓・血管の構造や圧力、血液の流れを調べ、手術の計画を立てるときに使います
6. 治療の方針
総動脈幹症は「手術が必要な病気」です。
自然に治ることはなく、薬だけで完治することもありません。
【手術の目的】
- 総動脈幹を「大動脈」と「肺動脈」に分ける
- 肺動脈を人工血管などで大動脈から分けて作り直す
- 心室中隔欠損(VSD)の穴をふさぐ
【手術の流れ】
- 生後できるだけ早く(生後1~2か月以内が多い)、人工心肺を使って心臓の手術を行います
- 総動脈幹から心臓への大動脈をつなぎ直し、人工血管やパッチを使って肺動脈を新しく作ります
- 心室中隔欠損(VSD)をパッチでふさぎます
- 必要に応じて、心臓の弁や血管の異常も修復します
【手術までの管理】
- 心不全症状が強い場合、利尿薬や強心薬で心臓の負担を減らす治療が行われます
- 呼吸や栄養管理も重要です
- 重症の場合、手術までの間に一時的な処置や人工呼吸管理が必要になることもあります
7. 手術後・長期的な経過
手術が成功すれば、心臓や肺への血流が正常に近づき、体や脳の発育も改善されます。
ただし、総動脈幹症の治療は「一度きりの手術」で終わらないことも多く、長期的なフォローが必要です。
□ 手術後に注意すること
- 人工血管やパッチを使った部位が成長とともに狭くなる、または機能が低下することがある
- 心臓の弁(特に「動脈幹弁」や「肺動脈弁」)に逆流や狭窄が起こることがある
- 再手術やカテーテル治療が必要になる場合もある
- 不整脈(心臓のリズムの異常)や心不全のリスク
□ 日常生活
- 手術後は多くの子どもが普通の生活や学校、運動ができるようになります
- 定期的な心臓超音波検査や診察、必要に応じて検査入院や追加治療があります
- 体調の変化(息切れ、むくみ、発熱、動悸、疲れやすさなど)があれば、すぐに主治医に相談してください
8. 合併症と長期的なケア
- 成長に合わせた人工血管のサイズ調整や交換手術が必要になることがある
- 感染性心内膜炎(心臓内に細菌がつく重い感染症)の予防のため、歯みがきや口腔ケア、歯科治療の際の抗菌薬投与が重要
- 定期的な予防接種、体調管理、運動や学校活動も主治医と相談しながら進めましょう
9. ご家族へのメッセージ
お子さんが「総動脈幹症」と診断されると、初めて聞く病名や手術の説明に、大きな不安や驚きを感じると思います。
ですが、現在の医療では多くの子どもたちが早期に手術を受け、普通の生活や成長ができる時代です。
何より大切なのは、ご家族が一人で悩まず、医師や看護師、医療スタッフと一緒に疑問や不安を解消しながら前向きに治療を進めることです。
ご両親の愛情と医療チームの力で、お子さんの未来を支えていきましょう。分からないことはどんな些細なことでも、気軽に相談してください。
10. まとめ
- 総動脈幹症は、心臓から出る太い血管が1本しかない先天性心疾患
- 酸素の多い血液と少ない血液が混ざるため、チアノーゼや心不全などの症状が新生児期から現れる
- 早期の根治手術が必要で、術後も成長や合併症のために長期的なフォローが必要
- 日常生活や成長・発達は医療スタッフと相談しながら進めていく
- 不安や疑問はひとりで抱え込まず、遠慮なく医療スタッフに相談を