小児の冠動脈起始異常症について
―お子さまの「心臓の血管が生まれつき異常な場所から出ている病気」をやさしく解説します―
1. 冠動脈起始異常症とは
冠動脈起始異常症（かんどうみゃくきし いじょうしょう）とは、心臓の筋肉に栄養と酸素を送る大切な血管（冠動脈）が、生まれつき異常な場所から出ている（起始している）状態のことをいいます。
冠動脈は通常、心臓の出口にある「大動脈」の適切な場所から左右2本が出て、それぞれ心臓の筋肉に血液を送っています。この構造がずれていたり、反対側から出ていたりすることで、心臓の血流にさまざまな問題が起きます。
2. なぜ起こるの？
冠動脈起始異常症は、胎児期の心臓ができる過程で、冠動脈が本来とは違う場所にできてしまうことで起こる、先天性（生まれつき）の心臓の病気です。
ご両親の生活や妊娠中の過ごし方が原因になることはなく、誰にでも起こりうる病気です。
3. どんなタイプがあるの？
冠動脈起始異常症には、いくつかのタイプがあります。主なものを紹介します。
□ 代表的なタイプ
- 左冠動脈が肺動脈から起始する（ALCAPA：エーエルカパ）
- 通常は大動脈から出るはずの「左冠動脈」が、肺動脈から出ているタイプ
- 乳児期に重症の心不全や心筋障害を起こすことが多い
- 右冠動脈が肺動脈から起始する（ARCAPA：アールカパ）
- 「右冠動脈」が肺動脈から出るタイプ。ALCAPAに比べると症状は軽いことが多い
- 冠動脈が反対側の大動脈洞から起始する
- 左冠動脈が右の大動脈洞から、または右冠動脈が左の大動脈洞から出ているタイプ
- 冠動脈が「大動脈と肺動脈の間をはさまれて走行」する場合、運動時などに血管が押しつぶされて危険な症状を起こすことがある
- 単一冠動脈（Single Coronary Artery）
- 1本の冠動脈だけが心臓のすべてに血液を送っているタイプ
4. どんな症状が出るの？
症状の有無や重さはタイプや血液の流れ方によって大きく異なります。
□ 乳児期に多い症状（ALCAPAなど）
- 哺乳力の低下、ミルクを飲みたがらない
- 発育不良（体重が増えない）
- 顔色が悪い、ぐったりする
- 息が速い、息苦しそうに呼吸する
- 発汗（特に哺乳中や寝汗）
- チアノーゼ（唇や指が青紫になることは少ないが、場合によってはみられる）
- 心不全やショック状態（重症の場合）
□ 幼児期・学童期以降で気づかれること
- 運動すると胸が痛くなる、息苦しくなる
- 失神やふらつき、極まれに突然死
- 無症状で、心雑音や健診の異常で初めて見つかることも
□ 特に危険な場面
- 運動時や興奮時など、心臓に多くの酸素が必要なときに血流が不足し、重い症状や失神、致命的な不整脈が起きることがあります。
5. どうやって診断するの？
冠動脈起始異常症は、さまざまな検査を組み合わせて診断します。
□ 主な検査
- 心臓超音波検査（心エコー）
- 冠動脈の起始部や血流の様子を観察
- 心臓の動きやポンプ機能、合併症の有無もわかる
- 心電図
- 心筋障害や心不全、不整脈の有無を調べる
- 胸部レントゲン
- 心臓や肺の大きさ、形、うっ血の有無を調べる
- 心臓カテーテル検査・冠動脈造影
- 細い管を心臓に入れて、造影剤で冠動脈の位置や流れを詳しく調べる
- 最も確実な診断方法
- CT・MRI検査
- 冠動脈の走行や位置、心臓の構造をより詳細に調べる
- 血液検査
- 心臓への負担や全身の健康状態を確認
6. どんな治療をするの？
治療はタイプと症状、心臓の状態によって異なりますが、冠動脈の血流障害が重い場合や突然死リスクが高い場合は、早期に手術が必要です。
□ 外科手術
- ALCAPAやARCAPA
- 異常な場所から起始している冠動脈を、本来の大動脈に「つなぎ直す手術（再移植術）」が基本
- 早期手術により多くの子どもが元気に回復します
- 反対側の大動脈洞起始型
- 「血管がはさまれているタイプ」や運動時リスクが高い場合は、手術で冠動脈の位置を修正
- 状態によっては血管を広げるバイパス術などを行うことも
□ 内科的治療・経過観察
- 症状が軽く、リスクが低い場合は経過観察になることも
- 薬で心臓の負担を減らしたり、不整脈の管理を行ったりする
□ 退院後のケア
- 手術後もしばらくは定期的な心エコー、心電図、運動負荷試験などのフォローが必要
- 成人後も専門医の経過観察が必要となることが多い
7. 治療後・長期的な経過と日常生活
- 手術で血流が正常に戻れば、多くのお子さんが元気に成長し、運動や学校生活にも参加できます
- 一部の子どもでは手術後に心臓の機能低下や不整脈が残ることがあり、長期的な通院・検査が必要
- 感染症や発熱時の対応、運動や生活の制限については主治医と相談
- 激しい運動や部活動の再開時は医師の許可が必要
8. 合併症や注意すべきこと
- 手術後の合併症（再狭窄、不整脈、心筋障害など）に注意し、定期検診で早期発見に努める
- 長期的なフォローアップを受けることが大切
- スポーツや体育、運動会などへの参加は主治医と十分相談のうえ判断
- 突然死リスクのあるタイプは、無症状でも専門医による評価と管理が必須
9. ご家族へのメッセージ
お子さんが「冠動脈起始異常症」と診断されると、聞きなれない病名や手術の説明、突然死リスクなどの話に強い不安を感じることと思います。
しかし、現代の医療の進歩により、早期発見と適切な手術治療で、多くのお子さんが元気に成長し、日常生活や学校生活に戻っています。
心配や疑問はどんな小さなことでも医師や看護師、医療スタッフに相談してください。ご家族で協力し合い、医療チームとともにお子さんの健康と未来を守っていきましょう。
10. まとめ
- 冠動脈起始異常症は、心臓の大切な血管が異常な場所から出ている先天性心疾患
- 乳児期から重症の心不全や心筋障害、学童期以降は運動時の胸痛や失神、突然死リスクなどに注意
- 診断には心エコー・カテーテル検査・CT・MRIなどを組み合わせる
- 早期の外科手術で元気に成長できるお子さんが多い
- 長期的な経過観察が必要、ご家族と医療スタッフが連携してお子さんの健康を見守りましょう
