小児の心室中隔欠損症について
―お子さまの心臓の「穴」の病気をくわしく解説します―
1. 心室中隔欠損症とは
心室中隔欠損症（しんしつちゅうかくけっそんしょう）は、子どもの心臓の先天性疾患（生まれつきの病気）の中で最も多いもののひとつです。生まれてくる赤ちゃんの約100人に1人の割合で先天性心疾患が見つかりますが、その中でも心室中隔欠損症はとてもよく見られます。
「心室中隔」とは、心臓の右側と左側にある「心室」という2つの部屋を分けている“壁”のことです。本来ならこの壁はしっかり閉じていて、血液が行き来しないようになっています。しかし、心室中隔欠損症ではこの壁の一部に“穴”が開いており、血液が本来の流れとは違う方向へ漏れ出してしまいます。
2. 心臓のしくみと心室中隔欠損症の影響
心臓は、全身に酸素を運ぶ大切なポンプの役割を果たしています。心臓は4つの部屋に分かれていて、「右心房」「右心室」「左心房」「左心室」と呼ばれます。
- 右心房に全身から戻ってきた酸素の少ない血液が集まり、右心室から肺へと送られます。
- 肺で酸素をもらった血液は左心房に入り、左心室から今度は全身へ送り出されます。
このとき、右心室と左心室の間にある「心室中隔」のおかげで、血液が混ざらないようになっています。ところが、心室中隔欠損症ではこの壁に穴があるため、本来なら左心室から全身へ送るはずの“酸素を多く含んだ血液”が、穴を通じて右心室に一部流れ込んでしまいます。その結果、本来なら全身へ向かうべき血液が再び肺に戻り、心臓と肺に余分な負担がかかります。
3. 心室中隔欠損症の原因
心室中隔欠損症は、お母さんのお腹の中で赤ちゃんが成長する段階で心臓の壁が完全にできあがらなかったために起こります。多くの場合、特別な原因は分かっていません。
遺伝や特定の薬、ウイルス感染などが影響していることもありますが、多くは偶然に発生します。「自分のせいでは？」とご両親が心配されることもありますが、ほとんどの場合は避けようがない自然な出来事ですので、どうぞご自分を責めないでください。
4. 症状のあらわれ方
心室中隔欠損症は、穴の大きさや位置によって症状が大きく異なります。
□ 小さい穴の場合
小さな穴の場合、特に症状は現れず、日常生活や成長発達に全く支障がないことがほとんどです。多くは健診や小児科の診察で“心雑音”を指摘され、初めて気付かれるケースが多いです。こうした小さい穴は、成長とともに自然に閉じることが多いので、しばらく経過観察することが一般的です。
□ 大きい穴の場合
穴が大きい場合は、心臓や肺に流れる血液が多くなり、体への影響が出てきます。
- 赤ちゃんがミルクを飲むのに時間がかかる、途中で疲れて飲むのをやめてしまう
- 体重の増えが悪い、発育が遅れる
- 息がゼーゼーしたり、呼吸が速くなったりする
- 風邪を引きやすく、肺炎を繰り返しやすい
- ひどくなると、チアノーゼ（皮膚や唇が青紫になる）や心不全の症状が出ることも
いずれの場合も、早めに専門医に相談することが大切です。
5. 診断の方法
心室中隔欠損症は、ほとんどの場合、健康診断や予防接種などの機会に「心雑音」を指摘されて見つかります。心雑音は、聴診器で心臓の音を聞くと「ザーザー」「シューシュー」という通常と違う音が混じることをいいます。
診断には以下の検査が使われます。
- 心臓超音波検査（心エコー）
赤ちゃんの体にゼリーを塗り、超音波で心臓の動きや穴の大きさ・位置・心臓の負担具合を詳しく調べます。痛みはありません。 - 胸部レントゲン
心臓や肺の大きさ・状態を確認します。 - 心電図
心臓の電気的な動きを記録し、異常がないか調べます。 - 心臓カテーテル検査
特別な場合に細い管を血管から心臓まで進めて、より詳しい情報を得ます。
6. 治療方針
治療方針は、欠損（穴）の大きさや、心臓・肺への負担の程度、症状の有無によって異なります。
■ 経過観察
- 小さな穴や症状がまったくない場合は、まずは経過観察です。
- 多くは成長とともに自然に閉じてしまいます。
- 数か月～数年単位で心エコー検査をし、体の成長や心臓の状態を見守ります。
■ 薬物療法
- 穴が中くらいの大きさで、軽い症状がある場合は、体の負担を減らすために利尿剤や強心剤などの薬で症状を和らげます。
- 風邪や肺炎の治療もしっかり行い、発作や重症化を防ぎます。
■ 外科手術やカテーテル治療
- 穴が大きい、薬でも症状が改善しない、心臓や肺への負担が大きい場合は「手術」が必要です。
- 外科手術では胸を開いて心臓を止め、穴をパッチ（人工膜や自分の組織）でふさぎます。
- 最近はカテーテル治療（細い管を足の付け根などから心臓に進め、穴に特殊な栓を入れる）が選択されることも増えています。身体への負担が少なく、回復も早いのが特徴です。
7. 治療後の経過と日常生活
治療後はほとんどのお子さんが普通の生活を送れるようになります。成長や発育も順調になり、運動や学業、社会活動にも制限がない場合が多いです。退院後も定期的な外来受診を行い、心臓や全身の健康状態をチェックしていきます。
- 日常生活での注意点
- 普通の風邪や発熱時も、主治医に相談する
- 定期検診や予防接種はきちんと受ける
- 歯磨きをしっかりし、虫歯や歯肉炎にならないようにする（感染性心内膜炎の予防）
8. 合併症や長期的な注意点
心室中隔欠損症そのものや治療後に、下記のような合併症に注意が必要です。
- 感染性心内膜炎
心臓の内側に細菌が付着して炎症を起こす病気で、まれですが、予防のために歯科治療時の抗菌薬投与が推奨されることもあります。 - 心臓弁の異常や不整脈
ごくまれに、治療後も心臓の弁やリズムに異常が生じることがあります。 - 穴の再発や残存
ごくまれに、完全にふさいだはずの穴が再び開くこともあるため、長期のフォローアップが大切です。
9. よくあるご質問に代えて
- 「この病気は治りますか？」
- 多くの場合、治療や経過観察で完全に治ります。普段どおりの生活が可能です。
- 「大人になっても問題ありませんか？」
- 基本的には問題ありませんが、定期的な心臓のチェックは生涯続けることをおすすめします。
- 「兄弟姉妹も同じ病気になる可能性は？」
- ごくまれに遺伝する場合もありますが、ほとんどは偶発的です。
10. ご家族へのメッセージ
お子さんが「心室中隔欠損症」と診断されたとき、きっと大きな不安や心配を感じられたことでしょう。ですが、現代の医学では、この病気は早期発見・適切な治療によりほとんどのお子さんが健康に成長できます。医師や看護師、コメディカルスタッフとしっかり相談しながら、安心して日常生活を送ってください。
ご家族でお子さんを温かく見守り、楽しく前向きに毎日を過ごしていただくことが、子どもにとって何よりの支えです。不安や疑問、日常生活の工夫、予防接種や学校生活についても、遠慮なく医療スタッフにご相談ください。
